畳製作一級技能士取得の確かな技術で、熊本のい草農家と連携し、良質な天然畳表を使用した畳を製造する小川畳店。縁(へり)・畳表を使用した蝶ネクタイやバッグの開発などを通して畳の豊かな世界を伝える活動を行うほか、全国の畳業者による被災地支援活動にも積極的です。小川代表にお話を伺いました。

 ー 代表は40代前半ということで、畳店店主としてはずいぶんお若い印象なのですが?

小川畳店 小川 崇 代表

畳屋への一般のイメージは、「古い」とか「年寄り」といった感じですし、業界の中でも若手扱いされることがまだあります。一般の方に「僕は畳屋です」と伝えると、「今フローリングが多くて大変でしょ」とか、「い草の香りが良くてね…」などと言われます。畳屋としては「いや、それだけじゃないんだぞ」と言いたい。僕たちの側からもっと情報発信し、イメージの改善につなげていきたいですね。

 ー 実際、畳を取り巻く状況は今どんな感じなんですか?

畳業界でも、近年高齢化や後継者不足等で廃業する人が多いですね。また、新築の住宅着工が少なく、和室も減っている状況の中で、畳糸などの資材メーカーが一部撤退するという流れもあり、われわれ畳屋も本当に困っています。一方、毎年畳の新しい商品が発表されたり、近年SNSを活用して、商社や畳屋、問屋などの間で常日頃から情報交換をやる動きもあります。意見交換や勉強会で得たものを自社の経営に役立てている畳店も出てきています。

小川畳店の国産イ草畳。同社は熊本県八代市の農家と連携し良質なイ草材料を確保している

 ー つまり古いと見られがちな畳業界の中でも、多様なニーズの把握や新たなニーズの発掘に積極的な層もいるということですね

そうです。景気が悪いと言われている最中でも、売り上げが上がっている畳店もあります。たとえば、うちはお客様にニュースレターという形で定期的にお便りを出していますが、そういうことすらやらない、注文を待っているだけの旧態依然とした畳店は将来続けていけないでしょう。この要因としては、一般的な家庭環境の変化があるのではないかと考えています。畳の修理や更新の必要性が生じた時に、親が頼んでいた畳屋さんがわからないといったケースが多い。親子が同居しないため、情報の引き継ぎがうまくいっていないからです。そうするとネットで探すことになり、ネット上で目立っている畳屋さんに注文が集中することになるんです。ブログとかホームページとかで、知ってもらう努力をしているところは比較的仕事が伸びています。

 ー 小川畳店さんのホームページも畳に関する知識やメンテナンス方法の紹介などに加え災害被災地支援活動の情報やブログなど豊富な情報量で、内容も充実しているようにみえます

畳のことをもっと知ってもらいたいなと思っています。たとえば、共働き家庭などで部屋はいつも閉め切りだと、部屋の換気ができず、天然イグサの畳は部屋にこもった湿気を吸い取ろうと頑張ってしまう。たくさん吸った湿気を吐き出せるように換気できれば良いが、それができないと結果カビが発生してしまうこともある。そうならないようにお客様には必ずお手入れブックをお渡しして、ご説明などもしております。お部屋の状況によっては和紙の畳をおすすめしたり、アトピーの小さなお子様がおられるお宅には樹脂製の畳をおすすめしたりします。今は、建物の種類や暮らし方などに応じたさまざまな畳があります。畳を替えたいという相談を受けていろいろなサンプルを持っていくと、「こんなにいろいろな種類があるのか」と驚かれます。うちではいろいろと聞き取りをさせていただいたうえで、おすすめの畳を提案します。お客様のご納得をいただいたうえで作らせていただくので喜んでいただいています。

畳のサンプル。縁(へり)のバリエーションばかりでなく、畳表もい草や紙、樹脂とさまざまな選択肢がある

 ー 昔ながらの「頑固で融通の効かない畳職人」とは大きく異なり、小川代表は積極的な情報発信とコミュニケーションを特長とする現代風の畳職人といった感じですね

6年の修業を終えてうちの店に入った時、若い畳屋が客先にいろいろな提案をすることで新たなニーズを生み出すことができるんじゃないかという感触があったんです。そこで、畳業界の外の人たちとも積極的に交流し、いろいろなものを吸収して畳という自分のフィールドで活かしていこうと考えました。畳業界の中ばかりだと発想力がどうしても凝り固まってしまうので。今では「業界の中で畳屋らしくない畳屋」とも呼ばれることも増えました。

同社に在庫されている種々とりどりの畳の縁(へり)。縁メーカーは岡山県倉敷に集中にしているが、現在残っているのは20社程度。最近は畳ユーザーのニーズの多様化に合わせ、一般的な畳縁のイメージとは異なる花柄や水玉、ピンクなどのカラフルでポップな縁もある

 ー 御社のブランド「tatamiglam(タタミグラム)」も一般的な畳屋の発想からは出てこないものに見えます

メーカーさんのご努力もあり、今、畳の縁(へり)にはおしゃれな柄がたくさんあるということをもっと幅広い年代の皆様に知ってもらいたいと思い、縁で作った蝶ネクタイを作ったのがtatamiglamを起ち上げたきっかけです。2014年からなんですが、とくに起ち上げ当初の反応はすごかった。大手百貨店に出店する機会を得たので一般の方から注文をいただいたし、畳業界内部の人からも注文をいただきました。蝶ネクタイなんかしたことのない人がPTAの会合なんかで蝶ネクタイをしていくと、最初は「えっ」と驚かれる感じですが、それをきっかけに畳の話ができる。畳屋であるということをPRできるきっかけになるということで、北海道から沖縄まで注文をいただいて送りました。以後、ポケットチーフやクラッチバッグなども開発し、tatamiglamのラインナップに加えていきました。

tatamiglamの製品。畳の縁(へり)を使った蝶ネクタイとポケットチーフ
同社のブランド「tatamiglam」の商品、「たたみクラッチバッグ」。持ち手になる部分に熊本県八代産の天然い草で作られた畳表を使用。この製品では内部にアフリカの生地を使用している

 ー 「畳屋らしくない畳屋」としての面目躍如といったところですね。ところで「5日で5000枚の約束。」というプロジェクトに参加されているそうですが

大規模災害が発生した時、全国の畳店のネットワークで畳を作り、被災地の避難所に無料で新しい畳をお届けするというプロジェクトです。発起人は神戸の前田畳製作所さんで、テレビで東日本大震災の被災者が避難所の床板の上に座っているのを見て、「ここに畳を敷いてあげたい」と思ったのがプロジェクト起ち上げのきっかけになったそうです。うちは2015年から参加しており、現在は全国で526店舗の畳店が参加しています。
たとえば熊本地震の場合、被災地となった九州の畳店では畳が作れないので、最初は山口県や四国など、その後西日本までエリアを広げて作るといった形で、徐々に範囲を広げていって全部で5,000枚の供給を目指すといったものです。熊本地震では実際は6,200枚ほどお届けしました。一番遠いところでは群馬県から届きました。全国には熱い心意気のある畳屋さんがたくさんいるのです。

プロジェクト当初は、被災地に畳を持っていっても様々な理由で、受け取ってもらえなかったりといったことがあったため、災害時にスムーズに畳を提供できるよう、今は各自治体と協定を結ぶ活動を広げようとしています。足立区とも2015年に都内で初となる協定を締結しました。
僕も熊本地震や岡山・福岡の水害、最近の長野・栃木の水害の時には裏方や現地で活動しましたが、避難所の事情によって畳の要不要はそれぞれ異なります。すべての避難所で新たな畳が必要というわけではないので、そのあたりを現地でプロジェクトメンバーが調査して必要数を決めることが大事です。
避難が長期化した場合には、すごく喜ばれています。災害が収束した後も「捨てるにはしのびないので、なにか活用方法を考えます」と言ってくれる自治体の方も多いですね。やっていくうちに、地域の畳屋さんが普段から防災訓練とか町会とかで地域に根ざしたつながりを持っていくことが大事なんだなということがわかってきました。

 ー 熊本のい草農家との連携も進めていると聞きました

30年ほど前まで、い草の産地は広島とか岡山が中心地でした。しかし、ちょうどそのころから安くて見た目がきれいな中国産が出回るようになり、農家さんがどんどんやめていってしまった。当時、価格面では広島・岡山が一番高く、熊本はその次、その下に中国産があるという感じでした。以後、広島・岡山が衰退する一方、熊本は技術力を上げより品質の良いい草を作るようになりました。
熊本では八代市にい草農家が集中しています。しかし八代でも30年ほど前は5千軒くらいいた農家さんが、今は380軒くらいしか残っていないんです。い草農家にも若い人がいて、「なんとかしなきゃいけない」ということで畳屋さんと勉強会を始めたりしています。若い方はこれから何十年と就農するわけで、このまま父親と同じようなことをしていていいのか、外の世界を見ないといけないという問題意識から、エンドユーザーとつながっている僕らからニーズを聞いて自分たちの生産に活かそうと努力しています。そんなこともあり、僕も6年くらい前から熊本の八代にい草の収穫の手伝いなどで訪れたりしています。品質の高いい草の生産を守りたいという想いは、日本の伝統である畳の文化を守りたいという僕らの想いと一緒です。今はもう第二の故郷みたいな想いで、産地の方々とタッグを組んで進んでいきたいと思っています。お客さんを八代に連れて行って就農体験をしてもらうことも計画中です。

最新鋭の全自動平刺・返縫機両用ロボットで畳を製造する小川代表。平刺し(畳表を張った畳に畳縁を縫い付ける工程)と返し縫い(縫い付けた畳縁をひっくり返し、畳側面に縫い付ける工程)を自動で行う畳製造専用ロボットで、作業時間の低減に大いに貢献しているという

 ー 小川畳店の将来についてお聞かせください

うちは子どもがいないので、後継者もいません。でも、今いろいろ取り組んでいることの背景となる想いはこの業界に残していきたいなと思っています。今は、僕の取り組みを見て他の人がアクションを起こすようなきっかけとなれればいいと考えています。それから、地域の中で「サザエさん」に登場する「三河屋さん」のような存在になりたいですね。僕は畳屋なので、住宅に関連する他業種の畳店ともいろいろとつながりがあります。「ガラスを入れ替えたい」とか「家の修繕をしたいんだけど」など、畳以外の相談事でも受けられます。三河屋さんのように何でも頼める店として使ってもらえるようになりたいですね。

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小川畳店 代表 小川崇

1978年生まれ。畳製作一級技能士。高校卒業後、葛飾区小菅の親戚が経営する畳店で6年間の修行を経て同社に入社。小学生のころから家業の手伝いを通し、畳屋を「お客様から喜ばれるかっこいい仕事」と認識していたため、高校卒業後の進路はすんなり決まったという。「父は地域活動を熱心に行っていた。僕の社会貢献活動はそれが基礎になっています」。夫人いわく、「昔からアイデアマン」。自己評価も「いろいろなことを考えるのが好きで、やりたいことがどんどん湧き上がってくるタイプ」。自社の経営だけでなく畳普及活動やい草農家支援活動、被災地支援活動とマルチかつアクティブに活動する熱き職人である。

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