創業100年の伝統を誇り、とくに生花(いけばな)用鋏(はさみ)の分野で、華道家などに絶大なファンが存在する(有)国治刃物工芸製作所。卓越した技能者として厚生労働大臣より表彰された「現代の名工」で、誰もが認める名人である川澄巌社長にお話を伺いました。

 ー 大正8年(1919年)創業とのことですが、先代が興されたのですか。

(有)国治刃物工芸製作所 川澄巌 社長

そう。親父は、医療器具メーカーで修行した後に、創業したと聞いている。修行時代は、耳鼻咽喉科や歯科用の剪刀(せんとう。外科手術などで使用する洋式鋏)などを主にやっていたとのことだけど、以後はほぼ独学だったようだね。

 ー 生花用鋏で今につながる評判を得るようになったきっかけは?

全国の生花の先生や生徒に絶大な人気を誇る生花鋏。生花の世界では、流派によって使用する鋏の形が異なるという

ある時、お花の先生から頼まれて、生花用の鋏を工夫して作ったところ、「よく切れるし、使っていて手が痛くならない」という評判を得た。先生は毎日鋏を使うので手が痛くなるそうだ。そこから「国治の鋏を使うと手が痛くならない」というのが口コミで広がったんだ。親父はすごく研究熱心だった。お花の先生とやり取りする中で、創意工夫を繰り替えした結果、いい鋏の作り方を習得したんだね。

 ー 「いい鋏」ってどのようなものなんですか?

(鋏を閉じ開きしながら)ちょっとこの音を聞いてみて。こちらの方の音との違いがわかるかな。

 ー 軽さがありながら深みがあり響きが残るいい音ですね。響きがなく沈み込むような重い感じのこちらの鋏の音とは対照的ですね。

柄(え)のすき間の空き方の違いだよ。適切なすき間にすると、軽快ないい音になる。お花を切ったときの振動がうまく逃げるような形になり、自分の手にかかる負担が少なくなるということ。かといって広すぎてもいけない。切れなくなるということはないけど、全体のバランスが崩れてしまう。すき間がいい塩梅(あんばい)かどうかを音で判断するんだよ。

鋏の握りの部分(職人は「アシ」と呼ぶ)の外側の部位と内側の部位とは接合されておらず、微妙にすき間がある。このすき間の加減が職人としての腕の見せどころのひとつである鋏の握りの部分(職人は「アシ」と呼ぶ)の外側の部位と内側の部位とは接合されておらず、微妙にすき間がある。このすき間の加減が職人としての腕の見せどころのひとつ

鋏づくりの工程で最も重要なのは、細かな調整を行う最後の仕上げの部分なんだ。親父がいたころは、鍛造(たんぞう)などの下仕事は私など若い者がやり、親父はもっぱら仕上げをやっていた。今では、その技を私が引き継いでやっている。

 

どんな鋏でも最初は切れる。それが長く続くかどうかが問題だよね。でも今だから思うけど、あんまりいいものを作っちゃうと儲からないなあ。品物が長くもっちゃうもの。うちの鋏を毎年買ってくれるお客さんもいるけど、40年も使い続けてくれる人もいる。商売に徹して、標準以下のものを作り続けていれば、たくさん売れて儲かるんだろうね。

 ー 川澄社長のご経歴は?

生まれは昭和7年。8人兄弟の一番上なんで、親父の仕事を手伝わなきゃなんない。幼いころから工場を遊び場代わりにして、見よう見まねで学んだ。門前の小僧だな。将来うちを継ぐことは決まっていたけど、「職人でも、これからはモノを売ることも勉強しておくべき」という親父の意見で、大学に進学し理論経済を専攻した。だけど、実際は売ることにはあまり役立ってないなあ。大学は昭和30年に卒業し、以後職人を続けている。親父は昭和34年に脳梗塞(のうこうそく)でぱったり亡くなっちゃった。

コークスを燃やし高温になった炉(ろ)に、刃の部分になる炭素鋼と地金の鉄を投入し900〜1000℃近くになるまで熱する
刃の部分になる炭素鋼と地金の鉄とを鍛造で接合する「鍛接(たんせつ)」。炭素鋼に含まれるカーボンで火花が勢いよく飛び散る

 ー 初代国治のお父様は、現在まで続く国治刃物の基礎を築いた偉大な職人でした。二代目としてはどんな心構えで取り組まれているのでしょうか?

伝統工芸品なので、「親父と同じものを作り続けていればいいだろう」と思われがちなんだけど、それでは二代目として継いだ意味がないよね。また創意工夫を続けないと、伝統を継続することはできないとも思う。そこで、よりよいものを作るために製造工程を工夫したり、親父が手がけなかった分野の鋏にも取り組んだりした。足立ブランド認定募集に応募したり、東京都のチャレンジ大賞にも応募し、賞を受賞したこともある(※「植木手入鋏」で第2回東京の伝統的工芸品チャレンジ大賞優秀賞受賞)。

パンティストッキングの胴部分の裁断用鋏。女性が扱うため、「軽くてよく切れて使いやすい鋏」という要望に応えた。これまでに作ったものの中で最大という

 ー ところで、近くの寺地小学校で、毎年生徒たちに実演を見せているそうですね。

出身校でもあるし、後輩のためになればと思い、もう十数年間続けている。先生にお願いして東京都で作ってくれた「東京打刃物」のビデオをあらかじめ生徒に見てもらい、質問を用意させておく。当日は、火が使えないので、ハンマーで叩いて曲げたりする部分を見せ、完成した鋏で生徒に紙を切らせたりする。生徒から「これいくらなの」と聞かれて、大体の値段を伝えると、「それだと今は買えない。大人になったらおじさんの鋏を買うよ」という子もいる。「おじさん、失敗することもあるの?」と聞かれたので「年がら年中失敗してる。だけど、同じ失敗を繰り返さないようにしている。勉強でも予習復習が大事なんだよ」と余計なことを伝えたりもする。ある時、「おじさん、これの原価はいくらなの」と聞かれて驚いちゃったよ。小学校4年生にだよ。

 ー 実演をきっかけに、職人志願者が出てくるといいですね。

今でも弟子入り志願者がうちにやって来ることがある。うちではお断りしているけどね。でも、私の実演を見た子どもたちが、「将来、おじさんのようになりたい」と思ってくれたらうれしいな。

今の日本でも若い人のうち職人になりたい人が何%かはいると思う。お金儲けを第一に考えるなら、職人になんかならず、ロボットにでも作らせればいい。でも、手でものづくりをやることに魅力を感じ、人を喜ばせるいいものを作りたいと考えている人は、職人を目指せばいいんじゃないか。親父も私も親方に手取り足取り教わったわけじゃない。先輩の品物を見て、自分で研究し工夫を続けて今の技がある。若くて、やる気持ちが本当にあれば、きっとやれるはずだと思う。

 ー 日本のものづくりの将来について、どうお考えですか?

ある大手企業の例だけど、「焼入れ」の工程について、何度で何分間やればいいというのがマニュアル化されている。だが、それに携わる人が、計器ばかりを見て現物を見ておらず、温度に応じた変化が生じたかどうかをチェックしていなかった。計器の狂いに気づかず、結局全部だめになったという話を聞いたことがある。

将来の日本のものづくりにおいては、AIやロボットにやらせることができればそれでいい。ただし、それに携わる人間が基礎を学び勘を養うことを忘れてはだめだと思う。

「今はコンピュータに形を読み取らせて何でも作ることができますよ」と教えてくれる人もいる。でも形だけできても、きちんとしたものにするためには微妙な調整が必要なんだ。「あそこをちょっと叩けばよくなる」という微妙な部分にはまだ人が必要で、本当にいいものにするためにはその部分が最も大事なんだよね。基礎からこつこつ学んでいかなければ、身に付かないことなんだけれど。

手の感覚によって、刃の微妙なすり合わせなどを調整する。まだロボットやAIには任せられない、熟練を要する工程である

 ー ご高齢とはいえ、まだ頭も身体もお元気のように見えます。今後もこれまで同様、鋏づくりを続けていかれるのですね。

柄がくぼんだハンマー。長い間使用しているうちに自然とこんな形に変形したという
自作のやっとこ

私もいつ動けなくなるかわからない。でも身体が動くうちは作り続けるよ。

お花の鋏の形はもう変えられないけど、たとえば盆栽用の鋏は、よりよく切れ、使いやすくできる余地がまだありそう。このようにいろいろな分野の鋏づくりの研究もしてみたい。

あとは、日本のものづくりの将来に役立つ何かができればとも思ってる。若い人に道具の大切さなんかについて伝えていけたらいいね。

■(有)国治刃物工芸製作所 代表取締役 川澄巌 氏 1932年生まれ。大学を卒業後、1955年に同社に入社。1964年に代表取締役に。東京都伝統工芸士であり、東京マイスターや「現代の名工」にも認定された、誰もが認める和鋏づくりの名人。「こき使われて叩かれてきた人は長い間持つ」(川澄氏)ということなのか、若いころにラグビーやテニスで鍛えた頑健な身体はいまだに健在。日々ひとりでものづくりを続けている。

2019年5月30日更新

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