認定企業インタビュー 11

(有)ヴェールポイント

明治時代からのがま口職人が昭和初期に創業。革製の婦人用財布、とくにがま口の製造で業界から長い間定評を得ている(有)ヴェールポイント。三代目社長である佐藤昭浩氏にお話を伺いました。

 ー 業界では「がま口の佐藤」として知られているとのことですが。

(有) ヴェールポイント 佐藤昭浩 社長

詳しくはわからないんですが、国内のがま口づくりではうちは相当に古い方だと思います。昭和6年創業ですが、創業者の祖父は明治時代からがま口を手がけ、父の代を経て三代目となる私まで作り続けているんですから。長い間がま口を続けてきたことで、知られるようになったんだと思います。

 ー ヴェールポイントのがま口は、その品質の高さからすべての時代を通じて消費者に支持されてきたようですが、一番の特長は何ですか

手に持ったとき、ふっくらとした柔らかさが感じられるヴェールポイントのがま口。明治の昔から今日まで主婦層などの強い支持を得てきた

持ったときのふっくら感がいいと評価してくださる方が多いですね。このふっくら感ややわらかさをどうやって出すのかがうちのノウハウになるのですが、この点はなんとも言葉で表現しづらいところです。

 ー 「言葉で表現しづらい」とは?

この会社に入社し、父から製造法についていろいろ学んでいたころのことですが、「『何を何ミリ動かせ』といった教え方をしてくれ」と父に頼んだことがある。それに対して父は、「ミリじゃないんだ。感覚なんだ」と言うんです。その時はなんだかよくわかりませんでしたが、今はよくわかります。今でもふっくら感の出し方には苦労する部分があります。祖父や父の達した領域に入り込めるのはまだ先のことかなと感じています。
ところで、区内北部一帯には、がま口製造業者や口金(開閉のために取り付ける金具)の業者が集まっています。いずれもうちの弟子筋や親戚筋の会社です。足立区は「がま口のまち」といってもいいのかもしれませんね。

 ー (有) ヴェールポイントでは、がま口の財布だけを製造しているわけではないんですよね。

がま口を含む革製婦人向け財布が中心です。あとはバッグなども作ります。革小物業界では、裁断・縫製・仕上げの各工程で外注を使って製品にすることが一般的ですが、弊社では一貫生産できることがひとつの強みとなっています。小さな工場なので、もちろんすべて自社でやるわけではなく、外部の職人さんや海外委託工場を使う場合もあります。年間3万点以上の財布を生産しています。

弊社は、国内外の有名ブランドを含むメーカーなどから受託するOEM製造をずっと行ってきました。でも、「自分の製品を世に出して売ってみたい」という想いもあり、近年、プライベートブランド「peppercorn(ペッペルコルム)」を立ち上げ、自社オリジナル製品をECサイト「Mens Leather Store(https://www.mensleatherstore.jp)」で販売しています。

 ー peppercornのサイトを見ると、イタリアンテイストの色彩を施したコードバン(馬革)の長財布など、いずれも作り手の革素材への強いこだわりが感じられ、個性的だけど気品のある魅力的な製品が多い印象を受けました。

「ヨーロッパのハイブランドにも引けを取らない日本製の商品」独自ブランドpeppercorn

ブランド名のpeppercornとは、イタリア語で「黒胡椒(くろこしょう)」の意味です。黒胡椒の実は昔は金と同じ価値だったそうで、価値の高い革小物を作っていきたいということと、胡椒のようにピリッと辛味を利かせた個性的なものづくりをやっていきたいというふたつの想いを込めました。

革の世界では、イタリアンレザーは特別です。なめしの品質が他の革とは異なります。なめしや染色で使う水や薬品がイタリア独特のものであり、よそであの独特な色合いをまねようとしても難しいといわれてきました。
ただ、イタリアンレザーは高価で、日本の革の倍はします。高品質の革小物を作りたいメーカーなどにとってこの点が悩みの種です。
最近では、国内にも、イタリアンレザーを研究して高品質の革づくりに取り組む意欲的なタンナー(皮革製造業者)が現れるようになりました。peppercornは、こうしたタンナーや皮革に精通したデザイナーとのコラボで作られる、個性的で高品質な革小物を提供するブランドにしていきたいと考えています。

 ー peppercornは、これまでの取引のやり方を変えていきたいという試みのように見えますが。

製造業者としても今後ビジネスのやり方を変えていかなければ、革小物業界全体の存続が難しくなると感じています。peppercornはそうした取り組みのひとつです。

創業者の祖父が使用していたという手回しのミシン。極めて単純な形状であることから、ミシン発展の歴史の中でもかなり初期のものであることがうかがえる

技術継承の観点からは、職人不足が大きな問題です。今ではどんな業種でも人手不足に悩んでいますが、革小物の業界ではずっと以前から、とくに縫製職人不足が問題となっていました。その要因はいろいろあると考えられますが、一番は「食えない仕事」だと思われていることです。若い人が将来性のない仕事につこうと思うはずがない。今は必ずしもそうなってはいませんが、将来はせめて「技術があれば食っていくことができる」ということをもっと見せられるようにしていきたいんです。

裁断工程。裁断機を使い、革の材料から、完成品のパーツを型どった刃型で抜く
材料の革を薄く漉(す)き取る「革漉き」。縫製などの加工を行う前に、材料の革を適当な厚さにし加工しやすくするために必要な工程
革は温度や湿度の影響を受けやすく、材料個々の個体差がある。このため少しずつ試し縫いし糸の張り方や圧力などを微調整して、本縫いに取りかかる

革職人になりたいという志望者はそれなりにいるんですよ、今の時代にも。うちにも何人か来ましたが、仕事の内容をひととおり見て、「一人前になるのに何年かかるんですか」と聞かれたんです。「人による。5年の人もいれば10年かかる人もいる」と答えたら「そんなには待てません」と。
革は親しみやすく、普通の人にも馴染みのある素材なので、比較的簡単に職人になれると思われているのかもしれません。でも、実際はこつこつと積み上げていかなければ、「食える」までの技は身に付かないのです。
自分の好きなものを作れるわけではありませんし、地味な仕事です。しかし、向上心を保ち続けられるなら、高齢になっても続けられるのがいいところです。父のお弟子さんで、もういいお歳の職人さんが「おれ、この仕事やっててよかったよ。この歳になってもお金稼げるんだもんな」としみじみ言っていました。
「一生続けられる仕事がしたい」という若い方には、この仕事を職業の選択肢のひとつとして考えてみることをぜひおすすめします。

 ー 一般の方を対象としたワークショップも開催されているとか。

最近、大手の小売店さんとの取引が始まり、その一環として革製品作りのワークショップをやる機会が増えてきました。参加者には、メガネケース・ペンケース作りを体験してもらいます。あらかじめ裁断しておいた革に、フォーク状の道具とハンマーを使って縫製用の穴を開け、革用の針で縫製してもらうのです。参加者はおおむね「すごく楽しかった」と喜んでくれます。作ったメガネケースを人へのプレゼントにするという方もいました。自分で作ったものが形になることで充実感を味わうことができるんでしょうね。喜んでくれる参加者の方に、思わず「職人になんない?」と声をかけてみたくなります。ものづくりの楽しさを幅広く伝えることで、この仕事に関心を持つ人が増え、職人になりたい人が増えることにつながればいいと考えています。

ワークショップで参加者に作ってもらうメガネケース。縫製だけでなく、金具をハンマーで叩いたり、縫製用の糸に滑り止めを施すためロウを付けるなどの作業も。みなさん無我夢中で取り組んでくれるという

 ー 今後力を入れていきたいことは?

自分で作ったものを自分で売り、お客様に届けたいという想いがあります。「peppercorn」や「お財布ラボ」など自社ブランドをより多く販売することで 直接ユーザーのお客様の意見などを物つくりに反映させて行きたいと考えております。また、がま口については、メンズ向けのものを今企画中です。それと並行して、職人育成のための環境づくりにも取り組んでいきたい。新しい職人を自分で育てて、次の世代につないでいきたいですね。
あと、近い将来の話ですが(※インタビューは2019年1月末)、近くの舎人団地商店街の中の空き店舗を借りて、舎人第2工房をオープンします。ショールーム機能も持たせたいと考えていますので、多くのお客様が訪れてくださればうれしいですね。

■(株)ヴェールポイント 代表取締役社長 佐藤昭浩 氏 1966年生まれ。高校卒業後、足立区内のバッグメーカーに就職。13〜14年間ほど過ごした後、同社に入社。同社が法人化した1999年に代表取締役社長に就任。先進的な革づくりに取り組む姫路のタンナーやイタリアの革業界に詳しいデザイナーなどとのコラボで、作り手のこだわりが感じられる魅力的な革小物作りに日夜邁進している。

2019年6月11日更新

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