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認定企業インタビュー

(有)栗原金庫製作所

国内唯一の本格的刀剣収納用金庫製造メーカーとして、刀剣業界や刀剣ファンなどでは著名な存在である(有)栗原金庫製作所。父子のふたりの職人が昔ながらの手間ひまをかけたていねいな技を尽くし、防盗性や防火性、外観の美しさに優れた金庫を作っています。栗原社長とご子息の康雄さんにお話を伺いました。

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▶御社は刀剣収納用金庫メーカーとして著名とお聞きしていますが、普通の金庫も手掛けているんですよね?
(有)栗原金庫製作所インタビューの様子1

(有)栗原金庫製作所 栗原 富男 社長

(社 長)もちろんです。もともとは普通の金庫を作っていましたから。うちは、私の父が創業した会社です。父は日立製作所亀有工場の技術者でした。戦後、金庫職人に魅力を感じ、金庫工場で修行した後、1951年に千住東町で創業しました。1957年に日比谷線の開通による立ち退きで青井の現在地に移転し、私は1971年に入社したんです。40年ほど前に刀剣用金庫をやっていた会社が廃業する際に、「もったいないから引き継いでくれないか」と親父が言われて「じゃあやりましょうか」ということになったんです。

▶刀剣用の金庫を手掛けるようになったのはそれからなんですね。それにしても刀剣用金庫というものがあることを知りませんでした
(有)栗原金庫製作所インタビューの様子2

社長子息の栗原康雄氏

(康雄氏)刀剣用金庫と言っても、基本的な作りは普通の金庫と変わりありません。普通と言っても、量販店等で売られている安価な金庫とは全く違いますよ。あのような作り方をしていたら、刀剣類の保存なんて絶対に出来ません。うちの刀剣用金庫は、昔ながらの技術で作る本式の金庫です。中には、桐箱が入っています。従来の本式の金庫を忠実に作る事で、刀剣類にとっても最良の保管場所となっているのです。

▶金庫業界は現在どんな感じでしょうか

(社 長)世の中全体の金庫への需要が少なくなっているようです。同業者は大手を除いては、昔から1人とか2〜3人の小さな町工場ばかりだったんです。今の時代なかなか食っていけないし、年をとってやめてしまうところが多い。それ以前に中堅どころもばたばたと倒産したし。大手メーカーも今や金庫製造以外、たとえばセキュリティ関連の仕事に力を入れ始めているところもあるようです。

刀剣収納用金庫「宝蔵」。大事な刀剣を盗難や火災からしっかり守る機能はもちろん、目の肥えた刀剣愛好家をも満足させる美しさを備える。国内唯一の本格的刀剣収納用金庫製造メーカーとしてのていねいな技が随所に生きる逸品である

 

▶業界はなかなか厳しい状況のようですが、御社が生き残ってきた要因はなんでしょうか?

(康雄氏)刀剣用を手掛けていなかったら今まで生き残ることはできなかったかもしれません。それと、大手メーカーの作る既製品と勝負をしても勝ち目はないので、うちは特注品に特化しています。そして一番重要なのは、手を抜かないという信条です。昔は良い機械がなかったので、職人は修行して腕を磨く必要があったのですが、今は機械が良くなったので誰でも作れるようになった。機械は省力化を図るために導入するのですが、それは言い方を替えると「手を抜く」ということ。しかし、「金庫の場合、手を抜いて作ってはいけないのではないか」というのがうちの根本にあります。そこで、他社との違いを出すため、あえて職人技を要する仕事のやり方を貫いています。頑丈な金庫を作るためには、手間暇をかける必要があります。今の多くの金庫は見栄えはいいんだけど、薄い鉄板を使い、溶接も自動溶接などで手軽にやっているので、簡単に壊れるんです。うちは、厚い鉄板を使い、溶接も全面にしっかりと行うので、加工するのはすごく大変だけど、堅牢性に優れた強い金庫になるんです。

 

 

▶防盗性や耐火性という金庫に求められる第一の機能をおろそかにしないことが御社製品の信頼性を高めているということなんでしょうね

(社 長)そうですね。でも、その点を理解してくださる方はまだ少ないです。本当はきちんと説明できる場や時間があれば理解していただけるのでしょうが。
かつてうちの金庫が泥棒に狙われたことがありました。地方の会社事務所に設置された金庫でした。夜間の無人の間に泥棒に入られ、工具を使って、金庫に穴を開けられたんです。もう少しで開くかもしれない危ないところだったんですが、開けられずに途中であきらめたみたいです。人間が作るものだから、破られない金庫はない。ただ、破るまでの間にどれだけ時間がかかるかが金庫の防盗性確保において重要な部分なんです。高性能な外国製ダイヤル錠や防盗用の補強材の採用、煙返しの構造や作り方の工夫など、手間やコストが必要以上にかかり、他社ではあまりやらないことをやっているためか、おかげさまでうちの金庫が破られたという話はこれまで聞いたことがないですね。

 

年季を感じさせるベンダー。厚い金属板を折り曲げる用途で使用する。創業者である社長の父親が注文して作らせた特注品。「当時はベンダーのメーカーがなかったんです。親父の師匠という人が中心になって設計してくれたと聞いています」(社長)。古い機械なので精度は今ひとつで扱いも大変だが、現在も現役としてしっかり稼働している

 

(康雄氏)煙や炎が金庫内に侵入しないように金庫の本体と扉に設けてある段のことを「煙返し」といいます。量産品ではこの部分をプレス成型で手軽に作っていますが、弊社は昔ながらの深さのある本格的な煙返しにするために、上下左右のパーツに分け、一段ずつ折り曲げ、別々のパーツを組み合わせて溶接します。時間も手間も技術も必要な工程なんですが、煙返しは耐火性だけでなく防盗性にも関わる重要な部分なので、とりわけ職人技を尽くしてていねいに作る必要があるんです。

 

 

「古いから引き取ってくれ」と依頼された金庫を再生した例。銘板(家紋)、ハンドル、ダイヤル錠などを再生したほか、塗装を全部剥がし、今や希少となったカシュー塗装を施したり、技術のある職人を探し出し、金文字を入れるなど手間をかけて修理したことで、新品と見紛うほど美しく艶があり重厚な金庫として再生した

 

(社 長)1995年の阪神淡路大震災の際、地震によって発生した火災の被害がひどかった神戸市長田区にはうちの金庫が10台位行っていました。刀剣の被害が心配でしたが、刀剣協会の調査によると、震災による重要刀剣の被害は1本もなかったとのことでした。だめになっていればうちに苦情が来るはずですが来ていません。持ち主が不幸にあった可能性もあるのではっきりしたことはわかりませんが、うちの金庫の耐火性能が十分に発揮されたものと信じています。

 

修理を待つ古い金庫。修理を施すことで、依頼した顧客が感嘆するほど美しく蘇る

 

▶今後の展望についてお聞かせください

(社 長)楽な状況とは言えませんが、うちの金庫を欲しがってくださるお客様がいる限り、作り続けていきます。もっとうちの良さを知ってもらい知名度が上がれば、注文も増えるものと期待しています。

(康雄氏)新規の金庫を作るのはもちろんですが、最近は、古い金庫の再生修理の問合せが増えています。金庫職人が減り、昔の金庫をいじれる会社が減っているのが理由ですが、大阪、名古屋をはじめ日本全国のお客様から、修理してくれる会社をようやく見付けたと言って頂いております。そこで、当面は金庫の再生に注力していきたいと思っています。個人的にも、昔のいいものを残していきたいと強く想う部分もありますので。古いものの良さを宣伝していきながら、古い良き技術と新しい技術を併合し、更なる良い金庫を作り上げる。そして、新旧限らず、「金庫と言えば栗原」と言われるように成長していけたらと考えています。

 

 

 

(有)栗原金庫製作所 代表取締役 栗原富男 氏(右)、栗原康雄氏(左)
栗原富男社長は、1948年生まれ。工業高校卒業後、大学に進学。機械工学科で機械設計などを学ぶ。大学卒業後の1971年に同社に入社。2011年、社長に就任。創業者である父から金庫職人としてのイロハを教え込まれ、現在では、昔ながらの本式の金庫を作れる数少ない職人の一人である。今は、その技術の全てを後継者である子に伝承中。
栗原康雄氏は、1974年生まれ。大学卒業後、銀行で使用する通貨処理機などのメーカーに入社。10年を経て、2007年に同社に入社。入社当時、景気はあまり良くなく、将来性も良くはなかったが、「こういう職人の仕事を無くしてはいけないな」と思い入社を決心したという。

 

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2020年03月06日更新